Nutube差動増幅回路を使ったNutubeアンプの製作
KORGのNutube公式サイトでNutube差動増幅回路の回路例が紹介されている割に実際の作例を見たことがなかったので、自分で作って音を聴いてみることにしてみました。
・この回路はどういう動作をしているのか?
Nutube公式サイトの「使用ガイド」で紹介されているNutube差動増幅回路について、どんな仕組みで動いているものなのか一応確認してみたいと思います。
①Nutube左側の回路→Nutube右側の回路への信号の伝達
Nutube差動増幅回路で左側の回路がどうやって右側の回路に信号を伝えているのかというと、カソードフォロアとしてカソード(フィラメント)から信号を出力しています。大抵のNutube回路ではフィラメントF2はGNDに直結しているためここから信号を取り出すことができませんが、Nutube差動増幅回路ではF2はGNDに繋がらずオペアンプを使用した回路に繋がっています。
オペアンプの回路は何かというと、下記リンクの特開2021-136483回路になります。
この回路が何なのかについてはリンク先の【発明の概要】以下を読めば分かりますよね?…とも言いにくいので、この回路の動作の様子をfalstadでシミュレートしてみました。
41Ω(フィラメントの抵抗値)に0.7V程度の電圧を安定してかけ続けながら信号を出力する様子が確認できると思います。
フィラメントの電位を0Vではなく-2.45Vと設定しているのはグリッドバイアス2.45Vとして動作させることが目的です。特開2021-136483回路リンク先の【実施例1】に詳しく書かれています。
【0015】出力抵抗112,122の抵抗値をr、フィラメントの抵抗値をrfとすると、フィラメント151には、|V2−V1|/(rf+2r)の電流が流れる。フィラメント151を高温にするために、出力抵抗112,122は、フィラメント151と同等の小さい抵抗値にする必要がある。所定の第1直流電圧V1、第2直流電圧V2は、フィラメント151を高温にするために必要な電位差となるように設定すればよい。フィラメント151に流れる電流は、第1直流電圧V1と第2直流電圧V2の電位差の絶対値に比例するだけなので、第1直流電圧V1と第2直流電圧V2自体の電位は、グリッド152に印加するバイアス電圧を調整しやすいように定めればよい。例えば、グリッド152に信号を入力する際にバイアス電圧を付加する必要がないように、第1直流電圧V1と第2直流電圧V2の電位を設定してもよい。
②Nutube右側の回路
左側の回路のカソードからの信号を右側の回路のカソードで受け取っています。この回路のプレートから取り出した出力(OUT2)は①への入力と同相の信号になります。
・(蛇足)Nutubeカソードフォロアについて
Nutube差動増幅回路について理解できるとNutube使用ガイドの「Nutubeカソードフォロア」の意味も分かってきます。(というかカソードフォロアが先にあって差動増幅回路が作れるわけですね)
要するに「差動増幅回路」として紹介されている回路のうちNutube内部の左側の回路のみを使用したものがこの回路です。右側の回路は光っているだけで何もしません。右側の回路のカソードに左側の回路の信号が入り込んできているため、カソードフォロアとして使う場合には「左側の回路で左chの音、右側の回路で右chの音を処理」みたいな使い方はできません。
最初見たときは「右のグリッドに何をつなげればいいんだろう」と思いましたが何もつながないのが正解のようです。
・とりあえず製作
だいぶ適当ですがこんな感じで作ってみました。
R7,R8が正しくは2.2kΩだったりR19,R20が実際にはもう少し高い抵抗値だったり実際に組んだものとは定数がちょっと違うところが数か所あります。
フィラメントの電源の回路については使用ガイドとは電源電圧が多少違います。要するに図の赤字の「-3.2V」の左にある抵抗をいじって赤字部分の-3.2Vに合わせればいいので、電源電圧を-5Vにする場合にはだいたい固定抵抗R1を1.5kΩ、可変抵抗を500Ωくらいにでもしとけばいいはずです。
ということでElecrowに基板を発注してみて作ってみました。
…動きませんでした。
オペアンプの±電源部分にテスタを当ててみると設計よりもだいぶ低い電圧になっていて、フィラメントへの電圧も同じく足りないためNutubeが光りもしません。
そもそもDCDCコンバータの辺りから変な音が出ているという明らかな異常があるのでACアダプタ~DCDCコンバータの辺りの時点で電源回路に何らかの異常が起きている感じがするのですが、「前回作ったNutubeアンプがほぼ同じ電源回路で動作してるしなあ」という感じがしてしまいどうも納得いきません。
あと組んでみるとオペアンプの抜き差しの際に明らかに邪魔な位置にコンデンサが配置されているなど配置が良くなかったのも気に入らなかったので、新しく基板を作り直してElecrowに注文し直しました。(こんな雑極まりないことをしていても送料込みで2,000円も追加の費用がかからないので助かります)
ということで新しい基板の組み立てに着手。DCDCコンバータを回路から外そうとしたところうまく外れず壊してしまったのでMCWI03-12D15(±15V、オペアンプへの給電用)から手元に余っていたMCWI03-12D12に変更しました。
これで組めばまあ大丈夫っしょ多分…と思っていましたが、この基板でも先の失敗基板と全く同じ問題が発生しました。「設計の何かが駄目だったけど1からやり直したら異常消えたのでヨシ!」で解決することはないことがわかったので真面目に問題の原因を考える必要が出てきました。
とは言っても「問題ありそうな箇所はACアダプタ~DCDCコンバータの辺り」というのは既に明白なわけですし、この辺でDCDCコンバータへの給電を邪魔する可能性がある部品なんて1個しかないわけで冷静に考えたらすぐ答えに辿り着く話でした。今回作った回路は前回記事で制作したNutubeアンプと比較して消費電力が増えたためインダクタL1が定格オーバーになっていたわけです。というわけでインダクタL1を取り外して代わりにジャンパで短絡させたところ動きました。
Nutube差動アンプの音ですが、前回制作したNutubeアンプとは傾向の異なる音が出る気がします。前回制作のものは高域に「これが真空管の音ですよ~」という空気感が足された感じの心地良い音でしたが、Nutube差動アンプは全体的に情報を肉付けして厚みを付けたような感じ。平易な言葉で表現するなら「厚い音」になった印象です。アンプを通す前の音と比較すると中低域の存在感が強くなっています。ファーストインプレッションとしては前回製作したNutubeアンプの方が「デジタル機材と違う世界観の音」という感じがして面白く感じましたし録音用の機材として真空管の味を付けるにはあっちの方がいいなと思いますが、Nutube差動アンプはより情報量の多い音に聴こえて音のリアルさで勝っているように感じます。